溝。

「溝」と聞いて、まず思い浮かぶワードが"人間関係"という人も少なくないと思う。
溝を隔たりと捉え、人間関係の距離に表す。いまのご時世、特に都心部ではあまりに多くの人が狭い区域に集まったため、気が合う人よりも合わない人の方が多いと感じる人もいるのではないか。
ここ隠岐の島でもそういったものとは無縁ではなく、"溝"というものは存在し、人が集まると必ずあるものなのだなと再認識する。しかし田舎に行けば行くほど、その"溝"の数は少ない。私が住んでいるところは隠岐の島の中でも"田舎"と称される場所で、まさにそれを体験している。

ところでなぜ、"溝"を隔たりと解釈するのか。辞書を引けば答えに導かれた。

 


〗 (溝󠄁) コウ・みぞ
田の間を流れる用水。また谷あいの流れ。ほりわり。水を流すためのほり。みぞ。

 

「溝」が具体的な田んぼの溝を指しているとは知らなかった。田んぼの溝は、田と田の隔たりを生み、それぞれの違う持ち主が管理していることが多い。つまり溝が人の隔たりとなる。そういうことだったようだ。

で、本題は辞書引き通りの"溝"。

 

 

 

 

f:id:checkitoutdoor:20200319213456j:plain

正確には町内会ではなく、地区。
おそらくと全国的には町→市→地区の順で大きくなるので、そうした。

 

これは先日の写真である。
私が住む隠岐の島内にある旧都万村の上里地区では、田んぼの面倒を見るのは地元のもんだという風習が(たぶん)ある。側溝の掃除と聞いていた私は、汚れてもいい服を選び、ジーパンに600円のアウターで向かった。向かう先は集会所前。歩いて3分。遠目に人が集まっているのは見える。

どう見ても長靴、ヤッケを身に纏ったおっさん達が、

お「おまえ、長靴わぁ?」

ち「持ってないです!」

お「俺の貸したらぁ」

と、長靴を履いていざ出陣。

掃除と思っていたらこれが、目を剥くほどのハイレベル。

ユンボは出る。ユニックは出る。2tは出る。
もはや、プロ集団。いや実際には生業にしているプロもいる。
正直これまでデスクワーク的なことを主にしてきた私は何もできない。でも何もしないのでは落ち着かない。

出来ることを探して作業しているフリをした。

2日間を終え、終盤ではなんだかんだ最年少の私が使える仕事もあり、なんとか馴染めた。

 

さぁ帰ろうというタイミングで、声をかけてもらった。
大阪では耳にしなかった"なおらい"というものがあるらしい。
感じで書くと"直会"。本来の意味はこれ
ようはお疲れさん会であった。
魚介類、肉、酒を調達に行き、 地区内にある消防小屋にて。

f:id:checkitoutdoor:20200319221347j:plain

直会の様子

隠岐の島に来て初焼肉。移住して2ヶ月。ようやく地元に馴染めてきた感じがした。

写真を撮り忘れたが、初日は我が家で行われた。
「居心地がいい」と言ってもらい、今度は麻雀だな、と盛り上がった。

 

快く迎え入れてくれる彼らには感謝しかない。 

明るい未来が見えてきて、気持ちが安らいだ。